Syadow of my love

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「先生、お願いします。」

病院の一室、
看護婦が差し出した数枚のカルテに医師は目を通すと呟いた。

「ついに来ましたか。」
「はい?」
「独り言だよ、それよりこの書類を取ってきて貰いたいのですが。」
「はい!」

医師が笑み交じりに小さな紙片を手渡すと、
軽く所払いされたとも知らずに看護婦は飛び出していった。
しかし彼女が特にやる気に満ちていると言う訳でははない、
その若い医師の整った容姿と、
表面上の人当たりの良さがそうさせているのだ。

看護婦の足音が遠ざかるのを確認し、玉藻
患者の名前を呼ぶと、
全身黒ずくめの男がドアから姿を現した。

「これはまた派手にやられましたね、鵺野先生。

指摘され、まあなと苦笑いし椅子に座る男はは一見して
小さな掠り傷しか負っていなく、病院に来るほどの怪我を負っているようには
見えなかったが、玉藻の嗅覚はその体から漂う強い血の匂いを逃さなかった。

「どうぞ」

玉藻に促され鵺野は患者用の小さな腰掛けに座ると、
歯切れの悪い言葉でもごもごしゃべり出した。

「まあ、この通り何時もみたいにちょっとほっときゃ直るって傷でもないし・・・。
子供達に進められて病院に来たわけなんだが、
・・・・・あいにく今給料前で持ち合わせがっちょっと・・・な〜。」

鵺野が言い終わると途端に玉藻の声音が怪訝に曇った。

「つまり、 私 に ま た タ ダ 働 き を し ろ と ? 」

顔見知りだから、などと言う強引な理由で押しかけてきて
診察代を踏み倒される、何時もの事だった。

__しかし今日は。

「いや、タダ働きをしろって訳じゃない、今度は給料が入ったらちゃんとツケを払うから。」

手を合わせ拝む男を玉藻は冷たく見下ろした。

__貴方が来るのを待っていたんですよ、蜘蛛の糸に獲物が引っかかるのをね。

「とにかく、上着を脱いでそこに横になってください」

玉藻はため息混じりに診察用の簡易ベットを指した。

「ん、ああ。」

平常通り淡々と話す男が脳裏に全く別の思考を抱いて
いる事を鵺野は知る由も無い。
診察してくれるらしいとういう事が判って
言われるとおりで診察台に横わると、
その無防備な姿を玉藻はなめるように見つめた。
何時も身に着けているいる衣服と同じ 闇色の髪、
程よく日焼けし無駄の無い締まった体の至る所には小さな 傷が、
そしてわき腹には酷い裂傷が見える。
それが傍らにたたずむこの獣にはかえって煽情的に映り
小さく喉を鳴らした

____こんな下らない馴れ合いも、
友であるかのような振る舞いも今日で終わりだ。



「どうぞ、3日分です。」
「いつも悪いな〜。」

一折の診察と治療を終えると玉藻は診断書になにやら難解な文字でさらさらと書き留めながら
素っ気無く小さな紙袋を差し出し、
患者はそれを申し訳なさそうに受けとった。

「ん?今日のは何時ものヤツとと違うな。」

中身を確認し何時もと形状の違う薬を見つけ、呟く鵺野にさらっと玉藻は返した。
ああ、それは新薬ですから
効能は同じでも通常使っている物より安く入手出来るのですよ。」

「ふ〜ん、そうなのか。確かに効果が同じなら俺には安い方がありがたいなあ」

心遣いに関心する鵺野に玉藻は一言付け足した。

「ただ、使用例が少ない分思わぬ副作用があるやもしれませんがね。」
「副作用・・・って。おいおい、自分が薦めておいて怖いこと言うなよ。」

動揺する鵺野に玉藻は薄く笑った。
「怖い?妖を<あやかし>目の前にして何を今更、医者が患者に伝えるべき事を言っているまでです。
まあ頑丈だけが取り柄の人間にはそんな心配は無用でしたか。」

皮肉って見せる目の前の男に少々ムッとしながらも、
鵺野は雑に紙袋をポケットに突っ込んだ。

「・・・まあ、とりあえず使ってみる。」
「そういう台詞はちゃんと治療費を払ってから言って貰いたいものですね。」
「判ってるって、ちゃんと給料日に耳そろえてそろえて払や〜い〜んだろが。」

玉藻が答えると足音も荒々しく鵺野は診察室を出て行った。

「お大事に。」
ドアが閉まると同時にそう呟き
玉藻は自らのデスクの引き出しから小さな小瓶をそっと取り出した

「私がこんなモノに頼る日がこようとは。」

皮肉に笑うと、瓶の中を見つめた
鵺野に手渡したカプセル剤の中身と同じ色をした粉状の物が入っている。

あの薬は妖狐に伝わるいわゆる惚れ薬、
より媚薬に近いそれは主に人間を誘惑するために用いられていた。

__あの人はこの薬を疑いもせず口にするのだろう、
  その後の変化が楽しみだ。



続く
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